夏目漱石「それから」あらすじが10分でわかる~略奪愛は代助の真実だった

とっかかり文学

夏目漱石の初期の作品である前期三部作に「それから」という小説があります。

「三四郎」「それから」「門」の順番で発表された前期三部作の中間に位置する作品です。

この小説、あらすじを申し上げますとすこぶる簡単に言い表せることができるのですが、中身を掘り下げるとどれだけでも深く分け入っていける作品とも言えます。

「それから」は、ずばり明治時代の略奪愛です。

小説「それから」の内容
主人公は長井代助という高等遊民であります。つまり、主人公代助は28歳にして仕事をせずに日々暮らしています。ただ仕事がなくてニートをやっているわけではありません。ちゃんと考えがあって、親の金で生活しているのです。明治の相当な教育を受けて、高尚な考えの基に働くことを拒否しているのです。そんな代助の日々に事業に失敗した平岡という友人が東京に戻って来たところから話が展開します。物語は複雑に展開して、平岡の細君(妻)である三千代を奪うまでの葛藤と決心、その後に親族から縁を切られるところまでが一つの物語になっているのです。

「それから」の登場人物

 

長井代助……主人公。学歴が高く教養がある高等遊民。自分の考えがあって、父親から援助してもらっている。
平岡三千代……平岡の細君。長井代助が学生時代に平岡と結びつけた
平岡常次郎……三千代と結婚したが、事業に失敗して借金を背負っている。
長井 得……代助の父で実業家。
長井 誠吾……代助の兄。代助の父の会社で重役。子が2人。
長井 梅子……誠吾の妻。代助にとっては兄嫁。
長井 誠太郎……誠吾の長男。15歳。
長井 縫……誠太郎の3歳下の妹。
門野……代助の家の書生。

さて、この小説の物語は、代助を中心にして話が進んでいきます。ですから代助と登場人物の関係性について一つ一つ見ていきます。

文学的材料について

純文学作品には論点があります。純文学の論点には材料があって、物語はある一つの論点へ行き着くまでに作者が読者に材料を提示していきます。そしてストーリーに材料や伏線があって、ようやく作者が読み手に問題提起をするのです。

純文学……作者が一つの論点に行き着くまでに材料をすべて提示する。材料が出そろったところで文学としてのある一場面に至り、読者に対し物語の登場人物への問題提起を行う。
小説「それから」の論点
三千代という親友の細君を独身の長井代助が奪うことになるが、果たしてこの行為は背徳だったのか? というのが漱石が提示する小説の論点だと私は思います。
「それから」の論点に至までの材料

「代助と平岡」「代助と三千代」「代助と実の兄」「代助と兄嫁」「代助と実の父親」「代助と明治時代の社会」これら代助を取り巻く状況だった入り周りの人との関係性。これがしっかりと提示されて物語の核心である「代助の略奪愛は背徳だったのか?」という読者への問いへと至る。

 

小説「それから」の論点(漱石から読者への問題提起)

「では、平岡は貴方あなたを愛してゐるんですか」
三千代は矢張りいてゐた。代助は思ひ切つた判断を、自分の質問しつもんの上に与へやうとして、既に其言葉がくち出掛でかゝつた時、三千代は不意に顔をげた。其顔には今見た不安も苦痛も殆んど消えてゐた。なみださへ大抵はかはいた。ほゝいろは固より蒼かつたが、くちびるしかとして、動く気色けしきはなかつた。其間そのあひだから、低く重い言葉が、つながらない様に、一字づつた。
「仕様がない。覚悟をめましょう」
代助は背中からみづかぶつた様に震へた。社会から逐ひはなたるべき二人ふたりたましひは、ただ二人ふたりむかひ合つて、たがひを穴のく程眺めてゐた。そうして、すべてにさからつて、たがひを一所に持ちたした力をたがひおそおののいた。

「それから」14章

代助が三千代に告白したシーンです。そして三千代が代助を受け入れて、二人が明治時代の禁忌(タブー)を破った瞬間です。

平岡は何とも云はなかった。代助も一寸ひかえていた。烟草を一吹ひとふきいたあとで、思ひ切った。
「君は三千代さんを愛していなかつた」としづかに云った。
「そりゃ」
「そりゃ余計な事だけれども、僕は云はなければならない。今度の事件に就て凡ての解決者はそれだろうと思ふ」
「君には責任がないのか」
「僕は三千代さんを愛している」
ひとさいを愛する権利が君にあるか」
「仕方がない。三千代さんは公然君の所有だ。けれども物件じゃない人間だから、こゝろ迄所有する事は誰にも出来ない。本人以外にどんなものが出てたって、愛情の増減や方向を命令する訳には行かない。おつとの権利は其所そこ迄はとゞきやしない。だから細君の愛をほかへ移さない様にするのが、却っておつとの義務だらう」
「よし僕が君の期待する通り三千代を愛していなかった事が事実としても」と平岡は強いておのれおさえる様に云った。こぶしを握つていた。代助は相手の言葉のきるのを待つた。

「それから」16章

論点の中心である代助が平岡に細君をもらいたいと言ったシーンです。

其所そこに書いてある事は本当なのかい」と兄が低い声で聞いた。代助はただ、
「本当です」と答えた。兄は打衝ショックを受けた人の様に一寸扇の音をとどめた。しばらくは二人とも口を聞き得なかった。ややあって兄が、
「まあ、どう云う了見で、そんな馬鹿な事をしたのだ」とあきれた調子で云った。代助は依然として、口を開かなかった。
「どんな女だって、もらおうと思えば、いくらでも貰えるじゃないか」と兄がまた云った。代助はそれでも猶黙っていた。三度目に兄がこう云った。――
「御前だって満更道楽をした事のない人間でもあるまい。こんな不始末を仕出かす位なら、今まで折角金を使った甲斐かいがないじゃないか」
代助は今更兄に向って、自分の立場を説明する勇気もなかった。彼はついこの間まで全く兄と同意見であったのである。
「姉さんは泣いているぜ」と兄が云った。
「そうですか」と代助は夢の様に答えた。
「御父さんは怒っている」
代助は答をしなかった。ただ遠い所を見る眼をして、兄を眺めていた。
「御前は平生からく分らない男だった。それでも、いつか分る時機が来るだろうと思って今日まで交際つきあっていた。然し今度こんだと云う今度は、全く分らない人間だと、おれもあきらめてしまった。世の中に分らない人間程危険なものはない。何をるんだか、何を考えているんだか安心が出来ない。御前はそれが自分の勝手だからかろうが、御父さんやおれの、社会上の地位を思ってみろ。御前だって家族の名誉と云う観念はっているだろう」
兄の言葉は、代助の耳をかすめて外へこぼれた。彼はただ全身に苦痛を感じた。けれども兄の前に良心の鞭撻べんたつこうむる程動揺してはいなかった。凡てを都合よく弁解して、世間的の兄から、今更同情を得ようと云う芝居気はもとより起らなかった。彼は彼の頭のうちに、彼自身に正当な道を歩んだという自信があった。彼はそれで満足であった。その満足を理解してくれるものは三千代だけであった。三千代以外には、父も兄も社会も人間もことごとく敵であった。彼等は赫々かくかくたる炎火のうちに、二人を包んで焼き殺そうとしている。代助は無言のまま、三千代と抱き合って、この炎の風に早く己れを焼き尽すのを、この上もない本望とした。彼は兄には何の答もしなかった。重い頭を支えて石の様に動かなかった。
「代助」と兄が呼んだ。「今日はおれは御父さんの使に来たのだ。御前はこの間から家へ寄り付かない様になっている。平生へいぜいなら御父さんが呼び付けて聞きただす所だけれども、今日は顔を見るのがいやだから、此方こっちから行って実否を確めて来いと云う訳で来たのだ。それで――もし本人に弁解があるなら弁解を聞くし。又弁解も何もない、平岡の云う所が一々根拠のある事実なら、――御父さんはこう云われるのだ。――もう生涯代助には逢わない。何処どこへ行って、何をしようと当人の勝手だ。その代り、以来子としても取り扱わない。又親とも思ってくれるな。――もっともの事だ。そこで今御前の話を聞いてみると、平岡の手紙にはうそは一つも書いてないんだから仕方がない。その上御前は、この事に就て後悔もしなければ、謝罪もしない様に見受けられる。それじゃ、おれだって、帰って御父さんに取り成し様がない。御父さんから云われた通りをそのまま御前に伝えて帰るだけの事だ。好いか。御父さんの云われる事は分ったか」
「よく分りました」と代助は簡明に答えた。
「貴様は馬鹿だ」と兄が大きな声を出した。代助は俯向うつむいたまま顔を上げなかった。
「愚図だ」と兄が又云った。「不断は人並以上に減らず口をたたく癖に、いざと云う場合には、まるで唖の様に黙っている。そうして、陰で親の名誉にかかわる様な悪戯いたずらをしている。今日こんにちまで何の為に教育を受けたのだ」
兄は洋卓テーブルの上の手紙を取って自分で巻き始めた。静かな部屋の中に、半切はんきれの音がかさかさ鳴った。兄はそれを元の如くに封筒に納めて懐中した。
「じゃ帰るよ」と今度は普通の調子で云った。代助は叮嚀ていねい挨拶あいさつをした。兄は、
「おれも、もう逢わんから」と云い捨てて玄関に出た。

「それから」17章

そして、明治時代の社会ともいうべき代助の親類たちからの絶縁のシーンです。

 

この3つのシーンが論点の核心であり、また材料になっています。

「それから」のあらすじは「高等遊民の主人公代助が友人の妻を略奪愛する話」と一言で片付けられなくもないですが、この小説の本質は「どうして代助が厳しい体裁を備えた社会において、どのような経緯で、どのような理由があって、親友の妻を略奪したのか?」と言うテーマが隠されているのです。

傍からみれば、略奪愛などしなくても良いようなもので、いくらでも他に相手を見つけられる身分を代助は身につけているのです。現に父親と兄と兄嫁に物語のなかで幾度となく、職へ付かなくても細君を貰うように促されています。

だけど、代助は友人の平岡の細君を選びました。そうしなければならない理由が代助にはあったのです。学生時分、平岡に三千代を結びつけたのは代助でした。三千代はこれまた代助の大学時代の友人である菅沼の妹でした。菅沼は事情によって東京に妹の三千代を呼び寄せ下宿に住まわしています。そんな折、菅沼の母親がチフスに罹り、菅沼自身も同じ病気により三千代が残されてしまいます。三千代の父親は困窮しており、三千代を残し北海道に行ってしまいます。

そんな境遇の三千代を代助は、平岡の細君へと縁結びをしたのです。自分の気持ちを偽って。その気持ちは28歳になって、東京に現れた平岡夫婦との関わりのなかで具現化していきます。代助は、過去がどうあれ三千代でないと駄目だったことに気づかされ、物語はやがて上述した3つのシーンである「略奪愛」へと否応なく舵を切るのです。

ここに至るまでの材料をいくつか示しておきます。

「代助と平岡」~文学的材料その1

文学的材料その1……代助と平岡の元々の関係

「僕は失敗したさ。けれども失敗しても働らいている。又これからも働らく積りだ。君は僕の失敗したのを見て笑っている。――笑わないたって、要するに笑ってると同じ事に帰着するんだから構わない。いいか、君は笑っている。笑っているが、その君は何もないじゃないか。君は世の中を、ありのままで受け取る男だ。言葉を換えて云うと、意志を発展させる事の出来ない男だろう。意志がないと云うのはうそだ。人間だもの。その証拠には、始終物足りないに違ない。僕は僕の意志を現実社会に働き掛けて、その現実社会が、僕の意志の為に、幾分でも、僕の思い通りになったと云う確証を握らなくっちゃ、生きていられないね。そこに僕と云うものの存在の価値を認めるんだ。君はただ考えている。考えてるだけだから、頭の中の世界と、頭の外の世界を別々に建立こんりゅうして生きている。この大不調和を忍んでいる所が、既に無形の大失敗じゃないか。何故と云って見給みたまえ。僕のはその不調和を外へ出したまでで、君のは内に押し込んで置くだけの話だから、外面に押し掛けただけ、僕の方が本当の失敗の度は少ないかも知れない。でも僕は君に笑われている。そうして僕は君を笑う事が出来ない。いや笑いたいんだが、世間から見ると、笑っちゃ不可いけないんだろう」

「それから」より 平岡の主張

高等遊民である代助に対して、平岡は実際に社会に出て苦しんできた。

それを知らないで事業に成功している父親のお金生活をしている代助へのアンチテーゼです。これに対して代助は次のように言い返します。

「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟おおげさに云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金をこしらえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ちかない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をするかえると同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、ろくな仕事は出来ない。ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、そろって神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊こんぱいと、身体しんたいの衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。僕は元来怠けものだ。いや、君と一所に往来している時分から怠けものだ。あの時は強いて景気をつけていたから、君には有為多望の様に見えたんだろう。そりゃ今だって、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上において健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。そうなれば遣る事はいくらでもあるからね。そうして僕の怠惰性に打ち勝つだけの刺激もまたいくらでも出来て来るだろうと思う。しかしこれじゃ駄目だ。今の様なら僕はむしろ自分だけになっている。そうして、君の所謂いわゆる有のままの世界を、有のままで受取って、そのうち僕に尤も適したものに接触を保って満足する。進んで外の人を、此方こっちの考え通りにするなんて、到底出来た話じゃありゃしないもの――」

代助は相当な教育を受けていて、学校の成績も良かったそうです。所謂、インテリなのです。

そんな代助は東京帝国大学(東大)を出て小説家になった夏目漱石の主張を代弁しているとも言えます。

ちなみに、これは明治時代のお話です。明治期の青年の主張です。だけど、どうでしょう、「日本対西洋の関係が悪い」という主張は? 元来あった日本の価値が明治時代に転倒しています。当時は、まだ、西洋列強が世界分割を行い植民地が世界中にありました。そんな時期に日本は西洋の文化を急激に取り入れた。それによって現代まで社会が続いています。

電車に乗ると、みんな暗い顔をして疲労困憊ではないですか? 堀江貴文さんはこの状況を「ゾンビ軍団」という言葉で表現しています。「いや、仕事ってそういうものだよ」という人はいると思いますが、果たしてそうでしょうか?

日本人は日本人らしく働いているでしょうか? 西洋の社会形態を取り入れて「道徳の荒廃」も進んでないですか? 明治時代から今の今まで、日本人は元来ある日本人らしくあったでしょうか?

漱石は予言しているようにも見えます。

現在、「働き方改革」や「副業ブーム」など、若い人たちが会社勤めに対して「NO」を突きつけている人が非常に多くないですか?

「代助と三千代」文学的材料その2

 

う云ふ意味の孤独のそこおちいつて煩悶するには、代助のあたまはあまりに判然はつきりすぎてゐた。彼はこの境遇を以て、現代人のむべき必然の運命と考へたからである。従つて、自分と平岡の隔離は、いまの自分のまなこに訴へて見て、尋常一般の径路を、ある点迄進行した結果にすぎないと見傚した。けれども、同時に、両人ふたりあひだよこたはる一種の特別な事情のため、此隔離が世間並せけんなみよりも早く到着したと云ふ事を自覚せずにはゐられなかつた。それは三千代みちよの結婚であつた。三千代みちよを平岡に周旋したものは元来が自分であつた。それを当時にくゆる様な薄弱な頭脳づのうではなかつた。今日こんにちに至つて振り返つて見ても、自分の所作しよさは、過去をらすあざやかな名誉であつた。けれども三年経過するうちに自然は自然に特有な結果を、彼等二人ににんの前に突き付けた。彼等は自己の満足と光輝を棄てゝ、其前にあたまげなければならなかつた。さうして平岡は、ちらりちらりと何故なぜ三千代をもらつたかと思ふ様になつた。代助は何処どこかしらで、何故なぜ三千代を周旋したかと云ふ声を聞いた。

「それから」8章

そもそも何故、代助は学生時代に三千代と平岡常次郎を結びつけたのか? その当時から代助は三千代のことが好きだった。自分で三千代を引き受けて幸せにするのではなく平岡に三千代を託した。その理由は代助もあまりわかってない様子です。

ただ一つ言えることは、今現在、三千代は平岡と一緒にいて不幸だと言うことです。平岡と千代子の間にできた子供は夭折してしまいました。そして、平岡は事業に失敗して借金を抱えており、三千代は体調が優れません。千代子に子供ができた当時も平岡は道楽を始めたのです。そういった三千代の不幸を漱石は文学的材料として与えています。

代助が三千代みちよあひになつたのは、今から四、五年前の事で、代助がまだ学生のころであつた。代助は長井の関係から、当時交際社会の表面にあらはれてた、若い女の顔も名も、沢山に知つてゐた。けれども三千代は其方面の婦人ではなかつた。色合いろあひから云ふと、もつと地味ぢみで、気持きもちから云ふと、もう少ししづんでゐた。其頃、代助の学友に菅沼すがぬまと云ふのがあつて、代助とも平岡とも、親しく附合つきあつてゐた。三千代みちよ其妹そのいもとである。

「それから」7章

代助は高等遊民です。親類から早く細君をもらえということを言われていましたが、代助はのらりくらりとかわしてきました。そんな代助だからこそ、自分が何かを引き受けるということを昔からしてこなかったのでしょう。だから千代子のことが好きであったにも関わらず、三千代の幸せのために平岡に託したのではないでしょうか?

文学的材料……代助は4,5年前に千代子の幸せのことを思って平岡と結びつけたが、現在に至って三千代が不幸であることを知る。同時に、代助はまだ三千代のことが好きであることを意識している。

「代助と実兄・誠吾」文学的材料その3

実を云ふと、代助は今日迄まだ誠吾に無心を云つた事がない。尤も学校を出た時少々芸者買をしぎて、其尻をあにになすり付けた覚はある。其時あには叱るかと思ひのほか、さうか、困り者だな、親爺おやぢには内々で置けと云つてあによめとほして、奇麗に借金を払つてくれた。さうして代助には一口ひとくち小言こごとも云はなかつた。代助は其時から、あにきに恐縮して仕舞つた。
「それから」5章
代助の兄は、代助の親父の会社の重役であり、代助の良き理解者です。ただし、代助とは違って実社会に精通するビジネスマンでちゃんと家を継ぎ、子供を儲けて父親の趣意に沿って生きています。代助は親父に逆らって生きています。
実兄・誠吾は代助に対して一定の理解をしながらも彼は社会的な人でした。ただ平岡常次郎とは違い事業に成功しています。

貴方あなたから借りてこうと思うんです」と云って、改めて誠吾のかほを見た。あには矢っ張り普通の顔をしていた。そうして、平気に、

「そりや、御しよ」と答えた。
誠吾の理由を聞いて見ると、義理や人情に関係がないばかりではない、かへかへさないと云う損得にも関係がなかった。ただ、そんな場合にはほうって置けばおのづからうかなるもんだと云う単純な断定である。
誠吾は此断定を証明する為めに、色々な例を挙げた。誠吾の門内に藤野と云ふ男が長屋を借りてんでいる。其藤野が近頃遠縁のものの息子むすこたのまれてうちへ置いた。所が其子が徴兵検査で急に国へ帰らなければならなくなつたが、まへ以て国から送つてある学資も旅費も藤野が使つかんでいると云うので、一時の繰り合せをたのみにた事がある。無論誠吾がぢかに逢ったのではないが、さいに云いけてことわらした。夫でも其子そのこは期日迄に国へ帰って差支なく検査をましている。夫から此藤野の親類の何とか云ふ男は、自分の持つている貸家かしや敷金しききんを、つい使つかつて仕舞つて、借家人しやくやにん明日あす引越すといふ間際になつても、まだ調達が出来ないとか云つて、矢っ張り藤野から泣き付いてた事がある。然し是もことわらした。夫でもべつに不都合はなく敷金は返せている。――まだ其外にもあったが、まあんな種類の例ばかりであつた。
(中略)
代助は飲むに従って、段々かねとほざかってた。ただ互が差し向ひであるが為めに、うまめたと云う自覚を、互に持ち得る様な話をした。が茶漬を食ふだんになつて、思い出した様に、かねは借りなくつてもいから、平岡を何処どこ使つかつてって呉れないかとたのんだ。
「いや、そう云う人間は御免蒙る。のみならず此不景気じゃ仕様がない」と云って誠吾はさくさくめしを掻き込んでいた。
「それから」6章
誠吾は直観によって、平岡のような悪い道を行く男を忌み嫌っています。何となくわかりますよね? 何をやってもうまくいかない男(平岡常次郎)と、事業に成功している男(兄・誠吾)。そこに違いがあり、誠吾にとってはそんな運気の低い男とは関わりを持ちたくないという考えです。
代助の兄は、運気の何かを掴んでいて、代助はそういった面では兄に認められているのです。

「代助と兄嫁」文学的材料その4

「代さん、あなたは不断ふだんからわたくしを馬鹿にして御出おいでなさる。――いいえ、厭味いやみを云うんじゃない、本当の事なんですもの、仕方がない。そうでしょう」
こまりますね、左様さう真剣しんけん詰問きつもんされちゃ」
ござんすよ。胡魔化ごまくわさないでも。ちゃんとわかつてるんだから。だから正直に左様さうだと云って御仕舞なさい。左様さうでないと、あとはなせないから」
代助はだまつてにやにやわらつていた。
「でしょう。そら御覧なさい。けれども、それが当り前よ。ちっともかまやしません。いくらわたしが威張つたって、貴方あなたかないっこないのは無論ですもの。わたし貴方あなたとは今迄どほりの関係で、御互いに満足なんだから、文句はありゃしません。そりやそれいとして、貴方あなた御父おとうさんも馬鹿にして入らっしゃるのね」
代助は兄嫁の態度の真卒な所が気に入つた。それで、
「ええ、少しは馬鹿にしてゐます」と答えた。すると梅子はも愉快さうにハヽヽヽと笑った。そうして云つた。
にいさんも馬鹿にして入らっしゃる」
にいさんですか。にいさんは大いに尊敬してゐる」
うそおつしやい。ついでだから、みんなけて御仕舞しまひなさい」
「そりや、或点あるてんでは馬鹿にしない事もない」
「それ御らんなさい。あなたは一家族ぢう悉く馬鹿にして入らっしゃる」
「どうも恐れ入りました」
「それから」第7章
代助と兄嫁はとても仲が良く、兄嫁の小言を代助は面白く受け取って問答する場面が印象的です。代助の兄嫁も兄も父も、みんな代助に細君をもらって欲しい。そうして落ち着いて欲しいと願っています。ただ3人は三者三様で、兄は泰然として代助を扱っています。父は意固地に代助を扱っていて、兄嫁は皮肉を込めて代助の意識に立ち入っていきます。
なかなか兄嫁も強敵である高等遊民代助に苦戦していますが、なかなかどうして、兄嫁も女としての論理で遊び人代助をたじたじにさせることもしばしばです。

「代助と社会、実父・得」文学的材料その5

代助はつぎに、独立の出来る丈の財産がしくはないかと聞かれた。代助は無論しいと答えた。すると、ちゝが、では佐川のむすめもらつたらからうと云う条件をけた。其財産は佐川のむすめが持ってるのか、又はちゝれるのか甚だ曖昧であつた。代助はすこし其点に向つて進んで見たが、遂に要領を得なかつた。けれども、それを突き留める必要がないと考へてめた。
「それから」9章
父親はやはりいつの時代も頭でっかちです。そして家のことを第一に考えています。代助にも家のために早く細君をもらって欲しいと考えていますが、実兄同様、代助の父も社会的な人物です。事業をやっていて社会的地位も高いことが窺えます。そんな父親はあの手この手で代助をやり込めようとしますが正攻法過ぎて返って代助に馬鹿にされてしまい、不機嫌を表に出すと言った具合です。
この父親の存在こそ、自由人の代助にとって旧体制の社会そのものなのです。そして、略奪愛という背徳の裏にある真実をちっともわかろうとしない人物として描かれています。
其上そのうへかれは、現代の日本に特有なる一種の不安に襲われした。其不安は人と人とのあひだに信仰がない源因からおこる野蛮程度の現象であった。彼は此心的現象のために甚しき動揺を感じた。彼はかみに信仰を置く事をよろこばぬ人であった。又頭脳の人として、神に信仰を置く事の出来ぬ性質たちであった。けれども、相互さうごに信仰を有するものは、神に依頼するの必要がないと信じていた。相互が疑ひ合ふときの苦しみを解脱げだつする為めに、神は始めて存在の権利を有するものと解釈してえた。だから、かみのある国では、人がうそくものとめた。然し今の日本は、かみにもひとにも信仰のない国柄くにがらであるという事を発見した。そうして、かれは之をいつに日本の経済事情に帰着せしめた。
「それから」10章
これは代助の考え方です。現代日本にも通じることですが、日本人は産業経済において正しいことを希求し他人にも清廉潔白を求めますが、人と人との繋がりは希薄です。どうしても建前ばかりを優先してしまし、ほぼ他人や世間に本音で何かを言えない状況になっています。これは基盤に何も無いからに他なりません。神のある国では、本音で言えないことは背徳ですが、日本では違います。これは代助の社会に精通している親類にも言えることです。
文学的材料としては、これで十分でしょう。最後に代助の哲学的思惟をもってきて物語の歯車は、三千代を平岡から略奪するという方向に向かっていきます。代助の哲学は次の通りです。
代助が黙然もくねんとして、自己じこは何のため此世このよなかうまれてたかを考えるのはう云ふ時であった。彼は今迄何遍も此大問題をとらへて、かれ眼前がんぜんに据え付けて見た。其動機どうきは、たんに哲学上の好奇心からこともあるし、又世間せけんの現象が、あまりに複雑ふくざつ色彩しきさいを以て、かれあたまを染めけやうとあせるからる事もあるし、又最後には今日こんにちの如くアンニユイの結果としてる事もあるが、其都度つど彼は同じ結論に到着した。然し其結論は、此問題の解決ではなくって、寧ろ其否定と異ならなかった。彼の考によると、人間はある目的を以て、生れたものではなかった。これと反対に、うまれた人間にんげんに、始めてある目的が出来できるのであった。最初から客観的にある目的をこしらえて、それを人間にんげんに附着するのは、其人間にんげんの自由な活動を、既に生れる時に奪つたと同じ事になる。だから人間にんげんの目的は、生れた本人が、本人自身に作ったものでなければならない。けれども、如何な本人でも、之を随意に作る事は出来ない。自己存在の目的は、自己存在の経過が、既にこれを天下に向って発表したと同様だからである。
此根本義から出立した代助は、自己本来の活動を、自己本来の目的としてえた。あるきたいからあるく。するとあるくのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、あるいたり、かんがへたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てて、活動するのは活動の堕落になる。従つて自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、みづから自己存在の目的を破壊したも同然である。
だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望ぐわんもう嗜欲きよくが起るたびごとに、是等の願望ぐわんもう嗜欲きよくを遂行するのを自己の目的として存在してえた。二個の相容れざる願望ぐわんもう嗜欲きよくが胸に闘ふ場合も同じ事であつた。ただ矛盾からる一目的の消耗と解釈してゐた。これをせんめると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してえたのである。そうして、他をいつはらざる点に於てそれを尤も道徳的なものと心得ていた。
此主義を出来る丈遂行するかれは、其遂行の途中で、われ知らず、自分のとうに棄却した問題に襲はれて、自分は今何のために、こんな事をしてゐるのかと考へす事がある。彼が番町を散歩しながら、何故なぜ散歩しつつあるかと疑つたのは正にこれである。
願望嗜欲がんぼううきよく……あるがままの欲望で何かをしようとする心
「それから」11章
「これをせんめると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してえたのである。そうして、他をいつはらざる点に於てそれを尤も道徳的なものと心得ていた」
これが漱石流の代助への解釈です。略奪愛は代助が天の元にある「偽らざる本心」なのです。確かに、代助は現状まで自分の気持ちをちゃんと清算しないまま千代子への気持ちを抱えたまま今日まできました。
しかし、ここまでの文学的材料を漱石が提示した背景には、代助が行き着かなければならない方向が定まっており、真実がそこにあるとしても社会は代助の真実を赦さないという文学的な問題が隠されているのだと思います。
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