【人生と占い】幸せになるためにするべき5つの運命を変える行動

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みなさん、占いって信じますか?

そもそも占いって何なんでしょう?

何となくですが、人間、現在に至った経緯を頭の中で想像して「あのときこうしていれば」とか「どうしてこんな悪い方に運が向いたのだろう」とか思ったことありませんか? そう、人間の人生はあらゆる要素が折り重なって運命が分かれているのです

あらかじめ運命を知れればずっと良い方向に人生が向かって行って幸せになれる。それはそのとおりなんだけど、運命をあらかじめ知ることなんてできない。でも何となくだけど太極的な運勢というものがあって、微細なことから太極的な宇宙の法則を導き出すことができるのかも。それが実践できれば運命が良い方向に向かうのではないか?

こう考えて、みんな占いというものに命運を託しているんじゃないでしょうか?

幸せになるにはそれ専門の経験がある占い師に未来を占ってもらう。これがまた、自分の過去をいい当てられたりするんですよね。もしかしたら本当に宇宙の法則みたいなものがあって、「陰陽五行説」とか「手相占い」とか「姓名判断」「タロット占い」みたいなものって法則に即したものなのかもしれませんね。だって神さまとかと同じでそれが肯定できないのと同じで否定もできないものですから。

 

今日のお品書きです。運命を変えることができる5つの行動
運命が良い方に向かう人は、常に物事を現実的に捉えて行動している
連続して悪いことが起きたら静止し続け大いなるものに身を預ける
陰陽が宇宙にはあり、同時に善悪が存在する。光と闇をそのまま受け入れて行動する
微細なものから太極を読む訓練をして行動する(占いの根本)
知恵と知識を同時に身につける努力をする

運命が良い方に向かう人は、常に物事を現実的に捉えて行動している

現代人は想像力が豊かであります。そして日本という国は安全です。加えて価値観が多様化した時代に我々は生きています。こういった条件が重なると、人間はどのようになると思いますか?
想像力が豊か
   +
治安が良くて、安心して暮らせる
   +
価値観が多様化
   +
娯楽としてゲームやアニメ、漫画などのコンテンツが充実している。
   ↓
内面が内に籠もって、自分なりの視点を持ち、自分なりのイメージが育ち、自分なりの趣味嗜好ができあがります。
   ↓
これにより、現実を現実として捉えようとする視点よりも、自分の志向にあったイメージで物事を捉えるようになります。
これは実は不幸の原因になっているのです。
自分のイメージが現実より先行するということは、現実の通りに向かって行く運命を捉えられなくなるからです。つまりは自分の道を見誤るのです。これは不幸に繋がっています。
具体例を上げると、戦国大名の織田信長という限りなく天下に近づいた武将がいました。織田信長は革新的な異端児として見られがちですが、その実、臆病だったと言われています。彼は、臆病なために現実を現実として捉えて行動していたと言われています。
どのようなことがあっても、生き残るのに最善の行動を取り、現実に立ち返って妄想を取り除いてきたのです。例えば、桶狭間の戦いで今川とは兵数で劣る織田信長の軍が籠城したら負けだと織田信長は現実的に受け止めて、それではどうするかを考えたといいます。それは表へ出て自然を味方にして撃って出た方が生き残る可能性を感じたのだと思います。
織田信長の行動は常に、現実として最善の道はどちらかを考えて死なないための防御だったのです。滅びた戦国大名の多くは選択のちょっとした綾を間違えたからでした。現実を見誤ると不幸に通じているのです。
これは現代社会でも同じことだと思います。成功者は現実的であることが最低条件なのです。
妄想や想像で一歩踏み出すのではなく、現実を常に傍らに置いて行動することが幸福への第一歩なのです。



連続して悪いことが起きたら静止し続け大いなるものに身を預ける

自分の色眼鏡物事を捉えて生きても、生き残るというのは現代では容易いですが、戦国時代ならすぐに死にます。
現代社会でも自分のイメージで選択をしていくといつまで経ってもしくじることが多くなります。
それでも人間は完璧ではありません。
つまづくことはこれからもたくさんあります。ですが、一回二回のつまづきで気づいて方向転換することはできます。いや、むしろ一度つまづいたら、それは幸福への好機なのです。
何度かじくじるということは、現実に沿っていない行動をとったり選択をしていることの表れなのです。
ですから、そうなったときに、一度立ち止まって自然と身体がどちらかの方向へ踏み出すまでまっているのです。
これは仏教でいうところの『他力』という言葉にヒントがあります。
他力とは大いなる存在に身をまかせるという意味です。自分の頭で考えるより、自然体の自分が導かれるままに行動をする。静止して、自然に浮かんだ考えやそうしてみたいと自然に思えるまで待つのが幸福へのみちなのです。

陰陽が宇宙にはあり、同時に善悪が存在する。光と闇をそのまま受け入れて行動する

善悪の問題は人類にとっての永遠のテーマです。
悪って一体なんでしょうか? 善って道徳的なことなんでしょうか?
哲学者のニーチェは著書「善悪の彼岸」のなかで「善とは道徳のことではない」と述べていいます。道徳とは人間の慣習に染みついた常識であり、良いことは良いこと、悪いことは悪いことだという先入観を超えた先の彼岸に人間は到達するするべきだ、と述べています。
この宇宙には恐ろしいことがあります。それは理屈ではないのです。
自分の人生を良いことばかりに目を向けて、暗いことは排除したいと考えるのは心情というものですが、陰陽、両極を併せ持って人生を歩んでいる人の方が遙かに幸せに近づきます。
「善」と「悪」といっても、その概念は人によってまちまちだと思いますが、人の精神状態が高次の次元になると善悪の区別が付かなくなるといいます。ちょっと難しいですが暗くジメジメした世界も明るく希望に満ちた世界も、区別なく同じ次元で見ることができる人のもとに多くの富と人が集まるというのが一つの真理であるという現実を目撃した人も多いと思います。
精神の高次の次元をニーチェは「超人」と言いました。
「当たり前のこと」や「常識」で考えるのではなく、善悪を超えたところに精神の次元をもっていってあらゆることを受け入れることを「マインドフルネス」と言います。
精神が高次の次元を保つことで、人生に訪れる物事も大きくなっていくのです。

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微細なものから太極を読む訓練をして行動する(占いの根本)

仏教の宗派に「華厳宗」という一つの思想があります。「華厳思想」といって「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」という思想です。
「よく木を見て森を見る」と言いますが、微細な物事から「太極」としてある物事の流れを読むということは占いの根本になるのです。
例えば「タロット占い」や「姓名判断」ですが、宇宙の全体をぎゅっと小さくしてカードに抽象的な絵を配してカードにするのです。それを誰かのために引くことで、宇宙の抽象的な意味を読み取るのです。
また「姓名判断」も姓名の意味を、全体から導き出すのです。
これは占いと関係ない一般人も無意識に「微細なことを見て、宇宙の法則の潮流を読み取る」ことをしています。例えば「明日天気になれ」と言って、靴を飛ばして裏なら雨。表に向いたら晴れなど。靴紐が解けるのを見て、不吉な予感をする、といったことです。
人が微細なことから太極を見るという行為は普遍的なのです。それを人類はいつまでも考えるということは、それに何か意味があるのです。
そして、その感性は幸せに繋がっている可能性があるのです。


知恵と知識を同時に身につける努力をする

日本人に限って言いますが、日本人の何%かは知恵や知識を捨て去って「野生の感性」をもって生きようとしている人がいます。そういう人は「ギャル男」や「垢抜けた人」という風に形容されています。
こういう生き方も一つの生き方ですが、私はやはり知恵や知識を得て生きる方が遙かに幸せに近いと思います。どんな学問でも、どんな知恵でも幸せに通じていると思います。例えば「歴史」を知ることで、先人たちの軍事的な判断や文化的な取り組みがわかり、「If」を考えることで、どういう判断が良いのかの今後のヒントになっています。例えば物理。物理法則や数学の法則からあるいは宇宙の太極が見えるかもしれません。それは知識をもっている人にしかわからないですが、本当はそうなのかもしれませんよ?
知恵も同じです。そこら辺に生えている草や花が食べられるということを知っていることが、有事の際の命を守るかも知れません。
軽やかに人生を感性のみで渡ってもうまくいく場合もありますが、やはり何かを知らないより、何かを知っていることの方が人生に有利になると思います。
というわけで、少し主観的な記事になりましたが、ご参考までに。
最後までお読みいただいてありがとうございました(^_^)。
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