就職氷河期世代は村上春樹の子供たち~我らがフォークロア~

世代論

僕は1949年に生まれた。1961年に中学に入り、1967年に大学に入った。そして例の派手などたばた騒ぎのさなかにめでたく20歳を迎えることになった。そういう意味では僕はもっとも典型的な「60の年代の子供たち」のひとりということになるだろう。人生の中でいちばん傷つきやすく、いちばん未成熟で、それ故にいちばん重要な時期に、1960年代の明日もしれぬワイルドな空気を胸いっぱい吸い込んで、そして当然のことながらそれにすっかり酔ってしまったのだ。そしてそこには蹴破るべき扉があった。うん、蹴破るべき扉が目の前にちゃんとあるということは、なんと素晴らしいことなんだろう! ドアーズ、ビートルズ、ボブ・ディラン―BGMもぬかりなくばっちりと揃っていた。

村上春樹「我らの時代のフォークロア~高度資本主義前史」より

 

僕の父親は1952年生まれです。村上春樹より3歳年下になります。

僕は現在41歳で、僕らの世代のことを「ポスト団塊ジュニア」というそうです。つまり僕らは村上春樹の世代を父親にもつ1960年安保闘争から1970年初頭くらいの時期に「ワイルドな空気を胸いっぱいに吸い込んだ」世代の子供なのです。

 

僕らの世代はちょうど就職氷河期の時代で、1990年代後半から2000年初頭に青春期を迎え2000年代を青年期として生きました。僕らの時代は親父たちの時代のような大きな渦が巻いている状況とは違い、人間関係も社会の状況も経済も干上がっていました。ちょうど1990年にバブルが崩壊して、そのあとに新卒で社会に出なくちゃいけないような不穏な社会情勢のなかでいろいろなことに不信感を抱いた世代です。

サブカルチャーのハシリ

学生時代は社会に出ることをみんな不安視していました。だって就職するのが難しいばかりじゃなくて、ブラック企業が軒を連ねて我々を待ち構えているような状況を私自身もひしひしと感じていたのです。ですから就職せずにアルバイトで生計を立てるフリーターもこの時代、非常に多かった。「フリーター」という言葉ができたのも1990年であり、実際にかなりの数がフリーターでしたから、まあ闇しか見えなかったですね。

 

1960年代は良くも悪くも人間の結びつきというものが強かったような気がします。何を読んでも誰に話を聞いても、そういう風に感じます。小説家、三田誠広さんも僕らの親世代で小説「僕って何?」で芥川賞を受賞しています。村上春樹の小説とは少し違う趣がありますが、時代背景は一緒で、そのころの空気感がわかる小説です。興味があれば一度読んでみてください。

 

人間の結びつきも僕らの世代は最悪でした。中には「リア充」(1990年にはこの言葉はなかった)もいて幅を効かせていましたが、まあかなりみんな孤独でしたね。学校カーストも盛んで、結びつきが疎らで、でも大学性の半数くらいは繋がっていて、それに漏れた人間は行き場がなかった。僕は辛うじて大学の輪の中心の端っこくらいにいました。サークルも碌に入ってなかった。

そんな大学生活を送っていた時期に、僕は日雇い派遣のアルバイトをしていました。

そこにやさぐれたフリーターがわんさかいて、時々、その中の人と仲良くなんかなったりして、身の上話なんか聞いたりして、そうやっていろいろな仕事を経験しました。「ああ、こういう仕事もあるんだ、ああいう仕事もあるんだ」とか、いろんな現場のいろいろな仕事をしました。テレビ局の大道具の手元みたいな仕事もしまして、テレビ局に入るのが非常に楽しみでした。大した仕事もなく、呼ばれたら行って言われた通りのことをやって、待機みたいな。そして毎回夜遅いので、タクシーチケットをくれるのです。フジテレビとかから埼玉までタクシー。それが何よりの楽しみでした。

 

で、行く先々で妙に仲良くなれる人がいるのですが、深入りしていくと新興宗教の信者だったりするわけです。またそういう人って、すごく良いやつなんです。精神的に安定していて、優しくて、コミュニケーションもしっかりとれる。でも時間が経つと勧誘がしつこい。「人生についてどう思いますか?」「生きていて苦しくないですか?」「あなたは神様についてどう思いますか?」そういう話から始まって、拷問みたいな押し問答が始まるのです。ちょうどオウム真理教の事件があったものだから、若い僕なんかは怖くて怖くて。何を信じていいか不安しかなかったですw

こんな時代のなかで、ちょうどインターネットが勃興してきました。

「2ちゃんねる」とか「iモード」とかそういうものが1990年の終わりに登場し、こぞってみんなこの恩恵にあずかりました。のちに[mixiができて、オフ会とか見知らぬ人との繋がりができてきました。まあ参加したことも何度かありましたが、輪が広がるってことはなかったですね。そういうことは僕には不向きだったのでしょう。いってもまあ話かみ合わない。

 

このような社会状況の中で、アニメ「エヴァンゲリオン」が流行して、サブカルチャーがだんだん表に出てきました。ゲームやアニメを含めて、そういう秋葉原文化が花開いた事件でもあります。「オタク」というと僕らの世代では、宮崎勤が幼女誘拐殺人事件などを起こしたりして、彼がアニメのビデオテープをいくつも所持していたことで非常にイメージが悪かったです。今では考えられないですよね。サブカルチャーは今主流といってもいいくらいの人口を誇りますから。

 

地下鉄サリン事件や阪神神戸大震災のような暗い世相を表していましたが、僕らの大学生の頃に「水曜どうでしょう」がじわじわ人気を獲得し、お笑いコンビは「ダウンタウン」「ロンドンブーツ1号2号」「爆笑問題」が代表でした。まあ他にもいましたけど、ボキャブラ天国とか人気がありました。脱線しますが「Exit」てグループあるじゃないですか? あれって系譜があって(勝手なことをいいますが)、若者のチャラいキャラを僕らの頃は「ロンドンブーツ」が担ってました。のちに「オリエンタルラジオ」。今は「Exit」。

すみません語りが自由すぎました。


60年代安保闘争・全共闘学生運動とは何か?

1960年代という時代には、たしかに何かしら特別なものが存在した。今思い返してもそう思うし、その渦中にいるときにだってだいだいそう思っていた。この時代には何かしら特別なものがある。しかしその特別な時代が僕らに―つまり僕らの世代に―何か特別な光輝のようなものをもたらしたのかということになると、僕としては首を傾げないわけにはいかない。あるいは答えを口ごもらないわけにはいかない。結局のところ僕らは、その特別な何かをただ通過したというだけのことではなかったのだろうか? 僕らはまるでスリリングなよくできた映画を見るみたいにそれを見物し、リアルに体験し、手に汗を握り、そして照明がついた害のない高揚感とともに映画館の外に出てきたというだけのことではなかったのか? 僕らはなんらかの理由で、そこから真に貴重な教訓を学びとることを怠ってしまったのではないか?

僕にはわからない。そのような問いかけに正確に公平に答えるには、僕はあまりにも深く僕自身とその時代に関わりすぎてしまっているからだ。

村上春樹「我らが時代のフォークロア―高度資本主義前史」より

1960年代という時代は特別な時代です。8月9日長崎に・8月12日広島に原爆が投下され、日本が太平洋戦争に敗れてポツダム宣言を受諾した1945年から2020年まで75年経過しましたが、60年代ほど特別な年はないでしょう。

 

この時代がどんな時代だったかというと、戦後処理が終わり、ドイツが分割統治され、ソ連の共産主義・社会主義陣営とアメリカを中心とした自由主義陣営が冷戦状態に入った時代でした。日本は焼け野原から始まり、1953年までの朝鮮戦争を経過し、その軍需景気により、経済が復興していきました。世界情勢はアジア・アフリカで次々に独立が果たされ、アメリカでは公民権運動が盛んで、フランス・アメリカでは学生運動が盛り上がりをみせました。

 

1960年代は1950年を下敷きにしており、アメリカでは精神文化が華開いた。「ビートニク」という精神性を求める若者がアメリカで出現し、彼らは、例えばアレンギルズバーグ(大学時代の講義の受け売りですが。よく知らない)などが詩を書いていました。「死」や「実存主義」を論じ、やがてこういった文化が左翼と結びつき「ニューレフト」という左翼運動が起こった。

 

フランスでは「サルトル」がもてはやされ、サルトルも左翼的な思想の持ち主で「存在と無」という哲学書、「嘔吐」を初めとした小説を書いています。サルトルは哲学者なのですが、フランス同様アメリカではマルクーゼという哲学者が学生にもてはやされ、アメリカもフランスも精神文化を求めて自由主義に対して学生たちが抵抗運動をしていた。

 

日本でも学生運動が盛んに行われ、「60年代の日米安保」「ヴェトナム戦争」に関することで、当時の自民党に対して学生が反旗を翻してました。僕らの親たちはそういう時代の親たちなのです。

村上春樹や僕の親世代が生きた1960年だいは、どんな時代だったのでしょうか?

よく村上春樹は「タフでワイルドな時代」だと表現しますが、彼の文学に共通する「暴力」「死」「セックス」というキーワードが露骨に顕れた時代だったのではないでしょうか?

そう、その時代には何か特別なものがあったと。もっともそこに存在していたものをひとつひとつ取り上げて検証してみれば、それら自体はとりたてて珍しいものではなかったことがわかるはずだ。時代の回転が生み出す熱や、掲げられた立派な約束や、ある種のものがある種の場所で生み出すある種の限定された輝かしさ、そして何事にもよらずまるで望遠鏡を逆さからのぞいているときのような宿命的なもどかしさ。英雄と悪魔、陶酔と幻滅、殉教と転身、総論と各論、沈黙と雄弁、そして退屈きわまりない時間待ち、エトセトラ、エトセトラ……。どの時代にだってそういうものはちゃんとあったし、今でもちゃんとある。これからだってちゃんとあるだろう。

村上春樹「我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史」より

時代というものは、その時代時代で、特別であり世代世代・個人個人で良い時期、悪い時期は違います。僕らの時代だって酷くつまんなかったけど、ある種の物語性はありました。ドラゴンアッシュ「ビバラレボリューション」ていう楽曲があるのですが、あの歌詞もわれわれ世代のある種の出来事を端的に唄っています。「Garden」という曲もわれわれの世代のある種の人たちの歌であり、僕はこの時代の至ったものを理解できます。

60年代にビートルズやボブ・ディランやフォークソングがあったように、その時代時代のBGMというものがあるのです。そういったものは時代を彩ってきました。

そして各時代には「暴力」と「死」と「セックス」に関する問題や諸事情や出来事、事件事故がある。そして自然の事象があります。そういった問題はとても暗い意味を我々にもたらします。

1960年代はこういったことが噴出して、世代の人たちが全員でそれを共有して、みんなで分かち合って、みんなで悩んで、みんなで怖がっていたのではないでしょうか?僕らの世代にはこの問題は地下深くにあって、大人はみんな暗いことを見えないところに置いていました。

それから60年代は共有していたことをわれわれ世代はごく身近な人たちだけで抱えたり、個人個人で抱えていました。本当にまあ、なんていうか、人間の円環が分断された状態でした。どこに行き着くかわからないけど、60年代を生きた私の親たちはみんなで時代を生きたのでは無いでしょうか?

思い返してみると、まあ寒い僕でしたが、みんなだって結構寒かったのではないかと思いますよ。ときどきは何か大きな輪ができたでしょうが、60年代の規模に比べれば小さいものだったでしょう。何が良いかはわかりませんが、方向性をみんなで共有していたのが60年代~70年代世代。物事をひとりで抱え込んでいるのが僕らの世代。今の20代とかティーンエイジはどうかはわかりませんが、60年代みたいな状態にはないと思います。

シックスティーズの政治運動

60年代の政治的な状況は、いろいろな問題がありました。

僕らおじいちゃんの戦後世代は天皇中心の軍国主義教育がなされていましたから。、右翼的というか、そういう考え方してました。それに対して、その子供である僕の親父の世代はその旧体制の考え方にばりばり反抗してました。バリケード組んで警察に石投げて、左翼的な考え方です。僕の親父も左翼的な考え方しているように思います。

基本、その頃の日本では「日米安保闘争」といって、日本が戦後に朝鮮戦争に際して、アメリカが日本駐留部隊を朝鮮へ派遣するために(憲法によって「軍隊を保持しない」はずの日本の国民が戦争へ向かう。どうやって戦地に向かわせるかの問題があり)、GHQによって警察予備隊が創られました。それが現在の自衛隊なのですが、そういう日米安全保障の問題で学生たちが政府の方針に異を唱えた。これが表向きの学生運動の動機ですが、当時の学生はお祭り騒ぎをしたかったんじゃないでしょうか。まあ、こういうこと言うと失礼ですが、村上春樹さんの「ノルウエイの森」で言っています。

おいキズキ、ここはひどい世界だよ、と僕は思った。こういう奴らがきちんと大学の単位をとって社会に出て、せっせと下劣な社会を作るんだ。

「ノルウエイの森」より

あれだけ国家に抵抗運動をしていた学生が、騒動が治まったあとに、企業に就職していく。それって社会運動の意味あったのでしょうか? 学生たちが何をしたくて、どんな信念をもって社会に抵抗していたのか? 正義って何でしょう?

もちろん高尚にそして真剣に物事を考えていた人もいるでしょうが、とてもひとりひとりの方向性が一つになることはなかった。連合赤軍なんて過激派が世の中に対して怖いことを実行し始めた。浅間山荘で凄惨な事件が起こった。社会的な事件が明るみになるにつれて、これって正しい方向なのか、世間は厳しい目を向け始めた。というより、「学生たちは何か深い考えがあって行動してるんだろうな」っていう世間の意見があって、「それはない、とても褒められたものではない」ってことになったのが全共闘・全学連の学生運動の結末です。

一体左翼の学生運動とはなんだったのでしょう?


シックスティーズの精神性

村上春樹さんの「我らが時代のフォークロア~高度資本主義前史」の冒頭の文章に戻ります。いつの時代も、どんな社会情勢でも、結局、人の世は人の世です。そこには人間がいて、問題があって、恋愛があって、権力があって、自分の存在がある。

シックスティーズが特別だったのは、多くの人が国や社会を巻き込んで、ごちゃごちゃ一つのことをみんなで共有できた時代だったのではないでしょうか?第二次大戦が終わって、20年くらいを経た時代ですから、社会情勢も国内情勢も不安的だったのかもしれません。いろんなことが混ぜ合わされていたのだと思います。そんな世の中ってちょっと僕には羨ましいです。

村上春樹さんの「我らが時代のフォークロア~高度資本主義前史」のあらすじは、ある優等生の恋愛に関する物語です。冒頭にこのような時代を窺わせる描写が印象的な小説ですが、優等生が恋愛相手のガールフレンドに対して苦悩します。というのもそのガールフレンドは結婚まで操を守ろうとするのですが、優等生の男は関係を迫ります。それが最後まで叶わずに終わる話です。

純文学的には性の「不可能性」と申しましょうか、とても難しい命題が隠されているように感じました。結ばれないものはどんなに愛し合っても結ばればれない、そういう結末だったと思います。

時代と恋愛と、セックスと。この恋愛事情が時代とどんな風に結びついているのかは僕にはわかりません。でも結局、この60年代のお祭り騒ぎのあと、私の親も村上春樹も、それからこの物語の優等生もみんな結婚していきました。そして多くの人が子供を儲けて、僕たちが生まれたのです。

人類がいろいろな時代を経過して、いろいろなことがあったとは思いますが、結局最後は、そういうことに行き着いています。そうやって命が繋がれてきたのです。たったそれだけなのです。生まれて死んでいくだけ。その間に誰かが子供を産み、そうやってずっと続いていく。

何も難しいことはない。至ってシンプルなのです。そして社会問題は、人間の仲を裂きます。より良い社会を創っていくとは、シンプルなことです。なるべく誰も苦しまない世の中にすること。それだけだと思います。


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