カトリック・プロテスタン・東方正教の違いを解説〜キリスト教入門篇2

宗教のとっかかり

はじめに

キリスト教入門1で、お話したおさらいです^_^

キリスト教は、ユダヤ教とイスラム教と同じ一神教の同じ全知全能の神を信仰しています。

「ヤハウェ」という神の呼び名も「ゴッド」も、イスラム教の「アッラー」も同一の神でして、この神様は世界を7日で創造して、人間は神の姿に似せて創られた、とされています。

前回で、旧約聖書の「創世記」「エデンの園」「カインとアベル」を取り上げましたが、人間には「原罪」があり、神は人間を楽園から追放しましたが、人間のことを見捨ててはいません。常に、神が遣わした「預言者」あるいは「救世主」が神の神託を受けて、人類の前に現れ、神の啓示を伝えてくださる、というのが一神教の根本的な見方たのです。

キリスト教にとっては、イエス・キリストは「救世主(メシア)であり、神の子だというのですが、ユダヤ教はそれを、あまり認めてません。

ちなみにこの3つの宗教に共通する主な「預言者」は次の通りです。

ノア

アブラハム

モーセ

イエス

ムハンマド

この5人はイスラム教で主に認められた預言者になります。

ノアモーセは有名ですよね。「ノアの方舟」「モーセの十戒」です。詳しくは「アブラハムの物語」と併せて、ユダヤ教入門で取り上げます^_^

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キリスト教の三位一体論争

キリスト教は、早い段階で「ローマ・カトリック教会」「ギリシア正教会」とに分かれます。

カトリック教会とギリシア正教会はやがて、それぞれ独自の発展を遂げていくわけですが、現在の教皇フランシスコを頂点としたローマ=カトリック教会に対して、ギリシア正教はやがて「東方正教」として、東ヨーロッパやロシアで権威を保ったまま今に至ります。

そもそもキリスト教がミラノで公認を受けたのが、313年のローマ皇帝コンスタンティーヌスの時代です。ローマ帝国で国教になったのが、392年テオドシウス1世の時。

ローマ帝国で国教になってから、ニケーア公会議で、「神の子であるキリストと神と聖霊の実体は一体である」とする教義が話し合われ、この「三位一体論」が公認されました。

キリスト教とは、この「三位一体」が基本となります。


ローマ=カトリック教会と東方正教会の分離

キリスト教の権威は、キリストと神と聖霊は「三位一体」だとする見解で一致しています。

が、ギリシア正教会で「モーセの十戒」に関して「偶像崇拝の禁止」したのに対して、「ローマ=カトリック教会」は逆にキリストやマリアの像を崇めることを認めます。

預言者モーセはイスラエルの民であるユダヤ人に、エジプトから解放した際に「十戒」を神の啓示として示します。

この中に「偶像崇拝を禁止」するという記述があったのですが、カトリック教会は、比較的自由に、崇拝を認めます。それに対して「ギリシア正教会」は、偶像崇拝を禁止してカトリック教会距離を取りました。

カトリックの教会には、マリア像やイエスの十字架などが飾ってありますが、東方正教には像はありません。

カトリックの教会は、絢爛豪華な装飾品や偶像が飾られていますが、東方正教の教会は非常に質素だそうです。

・カトリック教会は、偶像崇拝を認め、比較的自由で発展的な教義に変わっていった。

・東方正教は厳格な教えのもとに、偶像崇拝が禁止された。

プロテスタントの誕生

16世紀の西ヨーロッパ、ヴァチカン(現在、イタリアの内部にあるローマ=カトリック教会の総本山)でサン=ピエトロ大聖堂の修築をするためにお金が必要となりました。

ロレンツォ=デ=メディチ家の子息であり教皇のレオ10世が免罪符を信者に売り始めました。

免罪符とは、それを持っていれば天国へ行くことが保証されるという免罪符でして、当時の敬虔なカトリック教徒は罪の意識を持ちやすく、免罪符によって神に許されるというカトリック教会の主張を信じ、信者は次々にその免罪符を買っていきました。

これに初めに反対したのが、マルティン=ルターになります。

ルターはヴィッテンベルク大学の教授でして、当時の知識人だったのです。彼の思想は「人間ごときの倫理では神の域まで達することはできない。救いは人間の努力や信仰で成しえるものではなく、神がきめることだ」というものでした。

つまり、人間くらいの理性じゃ努力しても無駄であり、信仰する神が予め、誰を助けるのか決めている。人間が助かる道は神のみが示すのだ、という思想から「免罪符があれば誰もが助かるなんて、もってのほかだ」という反抗しました。そして、当時のローマ=カトリック教会にたいして、1571年ヴィッテンベルク城教会の門に「バンッ」と95箇条の論題を貼り付けました。当時の権威「カトリック教会」に95個の質問をしたのです。

これが反抗(プロテスト)の意味合いをもつプロテスタントの始まりになります。

1521年ルターはライプチヒ論争というインゴルシュタット大学のエックとの白熱した論争の中で、当時の権威である教皇と教義を全否定してしまい、皇帝カール5世から異端であると宣告を受けました。

プロテスタントというキリスト教の宗派は、カトリックへの「反抗」という意味で、スイスではツヴィングリやカルヴァンなどがルターに呼応する形で当時のカトリック教会へ反旗を翻します。宗教改革のカウンター(反抗)が飛び火し、この流れがプロテスタントになるのです。

大まかにキリスト教とは、ローマ=カトリック教会に対して、初めはギリシア正教がモーセの「十戒」を理由に「偶像崇拝」に異を唱えて分離しました。

ギリシア正教は、東ヨーロッパで独自に権威をもって「東方正教会」となりました。

近代ヨーロッパに至って、免罪符を売り出したカトリックに今度はルター以下、宗教者が異を唱えてプロテスタントが誕生したという経緯があり、大まかには「カトリック」「東方正教会」「プロテスタント」という3つの宗派に分かれたのです。

大まかにいうとこういう感じです。


プロテスタンティズムの倫理とカトリシズムの思想信条の違い

キリスト教圏の人が何を考えているかっていうと、まあ信仰を中心に考えている訳ですよ。だけど、哲学者であるニーチェが示した通り「神は死んだ」というヨーロッパの近代で「本当に神っているの?」って疑問もった人の多いわけです。キリスト教徒は今でも全世界で信者が多いですが、現実主義者のなかには「無宗教」者もいるわけです。

ただ彼らは日本人の無宗教とは違って、考えて考えて考え抜いたあげくに「神の存在」を否定したわけで、日本人が「僕、無宗教です」なんてあっさり言ってしまいますと、「なんだこいつ」となるわけです。

やはり始まりはみんな「信仰」があり、それを基盤に神を否定する。それならいいが、明確な論理もなく神を否定するなんて、根無し草か? と思われるのです。

ヨーロッパ人のキリスト教者は、地上に「預言者」が降臨し、日常の中にそれを見いだそうとします。

余談ですが、これって日本仏教の浄土真宗信者の考え方に近いんですよ。浄土真宗の祖は親鸞であり、「他力」思想がそれに当たります。

「他力」は自分の力が及ばないのだから、日常に阿弥陀如来のメッセージを見るわけです。必ず阿弥陀如来は救済してくれる。そのために南無阿弥陀仏を唱えて救済を待つわけです。自分の力ではどうにもならないことを如来が救済してくださる。そういう考え方です。

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」マックス・ヴェーバーの著作があります。この著作には、近代資本主義の発展にはどうもプロテスタントの慣習(エートス)が大きく関わっている見解を示します。

そもそもプロテスタントの考え方って、「人間では神の論理に到達するのは不可能」という考え方なのです。スイスのカルヴァンなんかは予定説を唱えました。

予定説とは、あらかじめ人間は地獄に行くか、天国に行くか神が決定しているという説です

「えっ」て思いませんか。つまり善人のような人でも神が地獄に堕ちることを予定していたらその人は地獄に堕ちるそうです。どんなに罪を重ねても、予定説の考え方だと、神が予定しているなら緩やかに救済の道がその悪人に示されるそうです。

「それじゃあ別に悪いことしても、良い行いをしても意味ないんじゃない」って普通、思いますよね。

だけどプロテスタント信者の多くは、そうはならなかったそうです。

逆にこのように考えました。

「神によって救われている人間ならば、神の御心に適うことを行うはずだ」と。

つまりは、自分が救われるに値する人間ならば、神はその通りに導いてくださる。勤勉になって働こう。すべてのことにストイックになろう。そうプロテスタントは決めたわけです。

厳格規律を守り、信仰と労働に集中しよう、と。神が救済してくれるなら私はそういう自分になるはずだ、と。禁欲的労働(世俗内禁欲、行動的禁欲、アクティブ・アスケーゼ)により、今度は天職概念が生まれました。「神が私に与えてくれた労働は天職に違いない」と考えて、合理主義的な思考がここから生まれたそうです。不思議なものですね。

プロテスタント信者は、禁欲的な合理主義者となり、神は「金儲け」をしても良いからこのような仕事を与えてくださったのだ、という発想に至りました。神と「私」個人との契約により、合理的にビジネスに利潤を追求することになりました。

カトリシズムはこうはならなかった。

カトリックの倫理は、「神は万人を救済してくれる存在である」という慈悲深い創造神を根本理念に掲げています。

カトリシストは、万人を救済してくださるのだから、それに報いる行いをしようとします。ここからプロテスタントのような合理的な考え方ではなく、神に報いるとう考え方が先行しました。これによりカトリック信者は、労働に重きを置かない人が多くなりました。


終わりに

かなりざっくりですが、大まかには「カトリック」「東方正教」「プロテスタント」について示せたと思います。

このような歴史的な流れがあって、「プロテスタント」は合理主義的に精神が発展し、資本主義の礎を築いたのに対して、カトリック信者は、もっと神の万人にたいする慈悲を信仰するのです。

外国人と付き合うとき、ここで言ったようなことを頭に入れて付き合うと、結構、うまくいくこともあるかと主ます(^_^)。


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