人生に残された時間を考える~家族のために定年まで会社員として働き続けること

現代社会

昔の考え方になるかもしれませんが、人生は学業を終えると会社勤めをして、結婚をし、子供を儲けて定年まで一つの会社で働き続けるという人生モデルがありました。この考え方は現在でも保守的な考え方の人に根深く残っています。

長い人生悔いの無いように生きたいと誰しも思うことではありますが、その一方で家族を守るため男性が主柱になって会社勤めを続ける。どんなにつらくても毎日会社に通って、自分の人生の希望を犠牲にすることは戦後日本社会の美徳でした。

それが山一証券の経営破綻を初めとした、大企業安泰神話の崩壊やバブル崩壊後のリストラの嵐により一生一つの会社で勤め上げるというモデルが脆くも崩れさってしまい、多くの日本人が考え方を変えざるを得なくなっていきました。

1990年代に入り、バブルが崩壊してから企業は個人に手厚い社会保証ができなくなりました。昔は企業とそこで働く社員は大きな一家であるとされて、勤勉にやっていれば決して生活に困ることはない時代がありましたが、経営にいき詰まった企業は個人を守ってくれないことが露呈した。時を同じくして、若者の企業離れが加速していき、社会に馴染めない人が現れ始め、そういう人の受け皿を宗教が担うということがありました。それが地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教です。


オウム真理教を初めとした宗教団体は落ちこぼれた社会人の受け皿だった

よく言われることですが、こういった社会変動によって、国民は企業に不信感を抱くなるようになりました。90年代は時代が時代だったので、企業も使い捨てのような社員や派遣を多く登用し「社畜」なんて言葉もできました。今は規制されつつあるパワハラも横行していて、僕などの就職氷河期世代は企業で生きていけるか学生時代は不安でした。

このような不安定な社会情勢で、当然ふるいに掛けられて落とされていく人が出てきました。このような落ちこぼれた人が僕の学生時代、アルバイト先にたくさんいて、その人間関係も結構、ギスギスしていたのを覚えています。なんだか酷い時代でした。もちろんホワイト企業である天国のような会社もあったでしょうけど、一体どこへ行けばそんな良い企業で働けるのか情報もなく不安定な時代だったと思います。

このような中、社会的でない人間というとおかしいかもしれませんが、社会より精神性に没頭したり、生きる意味について考える若者たちが一斉に新興宗教団体に属するなんて事がありました。大企業で安泰な人生を送る日本神話のようなものを信じる親世代と社会に馴染めない子供とで考え方に溝ができて、宗教に息子を取られたとかいう報道がなされ宗教団体がやり玉に上がりました。オウム真理教などでは出家という形態をとって若者がすべて財産をなげうって入信しましたが、その多くは難関大学を出たエリートたちでした。そのなかには理系の学生上がりも多く、サリン製造は彼らが担っていきました。

そもそもよく考えて欲しいのは、オウム真理教は事件を起こしましたが、彼らの考え方、精神的な世界観・クンダリーニ覚醒などの悟りに関する原始仏教的・出家という考え方の方がある種の人間にとって、社会で生きるよりも魅力的だったのは事実なのです。

村上春樹さんの著作で「アンダーグラウンド」という地下鉄サリン事件の被害者側のインタビューと「約束された場所で」というオウム側にいた人たちのインタビューが収録された2つの本が出版されました。このなかで語られた生々しいインタビュー記事には社会に対する不安や世界の終末を予感される末法思想など、当時の人たちが社会をどう捉えていたか、両方のインタビューで非常に興味深い語りが述べられています。

当時、オウム真理教信者 波村秋生 インタビュー

高校を出る頃、僕は出家するか、あるいはこのまま死んでしまった方がいいと考えてました。就職するなんてのは本当に嫌だったんです。できることなら宗教生活をまっとうしたいと思ってました。あるいは生きているたところで、ただ罪をつくっていくだけですから、それくらいならいっそのこと死んじゃったほうが世の中のためだろうと。

(中略)

でもその頃になると僕は、東京に暮らしていることに披露を覚えるようになってきました。自分の心がすさんでいくのがはっきりわかるんです。凶暴になって、怒りっぽくなっていくんです。当時の僕はエコロジーにも興味をもつようになっていましたし、それもあって「自然に帰れ」というか、そろそろ故郷に帰った方がいいんじゃないかという気持ちが強くなってきました。

(中略)

僕はもともと宗教的な傾向の強い人間ですが、父親は物質主義というか、合理主義というか、唯物主義です。父親と僕とはそれで常に対立していました。僕が何か宗教的な意見を口にすると、「何を神がかったようなこと言うとるんや」と徹底敵に馬鹿にされます。ものすごく怒られる。それが僕にはとても哀しかったんです

村上春樹「約束された場所で」より

これは、このころの時代を反映している語りだとおもいます。

現実の物質主義的な物事しかみようとしない父親と宗教性を有している子供。そして時代的な不穏な空気感や、社会の中でなかなか思うようにいかない状況、物質的なものよりも目に見えないものを信じることの孤独……

オウム真理教にはオウム真理教の考え方や世界観があり、社会には社会の世界観・価値観があるのです。教祖の麻原彰晃は最後犯罪行為を起こしましたが、彼の世界観は当時の若者にとって魅力がありました。社会はオウム真理教をやり玉に挙げ始めた時期から、だんだん国家に対して転覆の考え方を持つようになった。この流れをみればオウム真理教が悪いのか社会状況が悪いのか、もちろん犯罪行為は犯罪行為ですが、考えてみれば若者を追い詰めたのも麻原を追い詰めたのも社会ではなかったか。


今現在日本人の価値観

2000年代に入り、デフレの不安定な社会情勢が続き、2008年のリーマンショック、2010年に至り、2011年に東日本大震災が起きた頃からフリーランスで働く人たちがちらほら増えていきました。会社と社員の関係も未だに何が起きるか分からないような状態が続いています。2020年は新型コロナウイルスが猛威をふるい、やはり多くの企業が倒産や事業の縮小を余儀なくされました。

結局、今多くの若者や中年・青年が会社から離れていっています。

これって1990年代の状況と同じでは無いでしょうか? 当時の民主党政権が終わり、デフレが解消してからしばらく経済が安定しましたが、このコロナ問題は何を日本にもたらすのでしょうか? やはり一つの企業社会で生きるのが嫌だという人が増えて、またその受け皿が必要になってくる。今、フリーランスで仕事を請け負うという考え方が逃げ場になっています。自由な働き方、自由な人生設計、時間をなるべく自分のために使いたいという欲求。そのマインドこそが昔と違うところです。昔はそれを新興宗教が担ったのですから。

現在日本人は3つの違った価値基準をもっています

  • 働くことが美徳であり、とにかく企業に属して安定を得るという考え方
  • 企業に属すのは仕方がないけど、キャリアアップを目指してスペックとスキルを磨いていく。そのために今いる企業は足掛かりだという考え方
  • 会社に一生縛られて生きるのが嫌だから、他の自由な道を模索する考え方

答えはどこにもありません。何が正解かも誰にもわかりません。

問題は国民にはいろいろな考え方の人がいて、一概に社会のために貢献しなさいとは言えないということです。オウム真理教などの流れを汲む団体だって未だに多くの若者が入信しているわけですから、その世界観を否定することはできない。また追い詰めていく要因になるでしょう。現在ではニートとか引きこもりの人も多くいます。「パラサイトシングル」や「子供部屋おじさん」なんて言葉もあります。どこへも行き場がない若者は一体どこに行けばいいのでしょうか?

問題の糸口は、固定観念を捨てて、働き方を自由にしていくことです。何が良いと言うことはないのです。そしていろいろな働き方がある中で、それでもそこに馴染めない人たちの道しるべを国家が創って与えることが一番重要なことでは無いでしょうか。



タイトルとURLをコピーしました